透明なクジラ

長すぎてTwitterに書けないこととか。

きみと、波にのれたら


 観てきました。「映画は週に一本くらいは観たい」なんてほざいてるくせに、いざ行こうと思うと毎度めんどくさがって何かしらの言い訳をつくって引きこもってばかりですが、今回は前日にTwitterで「明日観てくる」と宣言したのでちゃんと実行できました。ようやくインターネットの正しい使い方を見つけた気がする。  


 まあそんな前置きはどうでもいいのでさっさと感想を述べてしまうと、五郎さんじゃないが「そうそう、こういうのでいいんだよ」の一言に尽きる。

 これはアニメや映画に限らず、他の趣味全般にも当てはまることだが、オタクというのは得てして斬新なもの、珍しいものに惹かれがちである。

 例えば俺は趣味と言えそうなものは読書くらいしかないので、直近で読んだものを何冊か例に挙げてみよう。


 二巻にもなるのに脇道にそれてばかりで全く話が進まず、なおかつ新刊が三年以上出ていないライトノベル
 あらすじと表紙のイラストからしてコメディタッチな恋愛ものかと思ったら、重厚でシリアスなパラレルワールドものの百合小説。
 鼻行類なる存在しない架空の生物について延々と大真面目にまとめられている生物書。

 例を挙げて改めて自覚したがマジで変な本しか読んでねえな…

 ともかくオタクというのは偏屈な生き物なので、大衆受けするようなわかりやすい物語を好まない。「ベタでありきたりで観客に媚びたような物語は俺の心を満たしてくれない」と決めつけ、マイナーなもの、より正確に言えばマイナー界隈ではメジャーで評価の高いものに触れることで、『わかっている自分』に酔いたがる。少なくとも俺はそう。この文章に登場する『オタク』というワードはすべて一人称だと思って読んでもらっても全く差支えがない。


 それでは、今日見てきた『きみと、波にのれたら』がそんな偏屈なオタクの欲求を満たす奇異な作品かというと、答えはNOだ。
 むしろ、いたってベタなものだった。

 映画のあらすじは『死んだ恋人に彼氏に未練を抱いていたら、ある日その恋人が蘇る』というありがちなもので、テーマもこういう作品に往々にして見られる『死者との決別を乗り越えて新しい日々を迎える」というものだ。メインキャラクターもたったの四人に絞られていて、全体的に非常にシンプルな作りになっている。

 それなのに、めちゃくちゃ面白い。近頃観た映画のなかでも抜きんでている。まだ公開には一か月ほど控えているが、観る前から「今年観た映画ランキング」に入るであろうことがほぼ確定している『天気の子』を差し置いて今年最も好きな映画になるかもしれない。『秒速五センチメートル』に人生を歪められたと自覚しているほど新海誠に入れ込んでいる俺がそう言うまでに、この作品は見事な出来だった。(それに今年はあの野崎まどが脚本を務める『Hello,world』も上映するし、響け!ユーフォニアムの劇場版もあった。まだ足を運べていないが『プロメア』も『海獣の子供』もとても面白そうだ。かなり豊作な年ですね)

 なにより過不足がまるでないのだ。蒔いた伏線はしっかりと回収するし、余計な描写は入れない。


 登場人物が四人しかいないといったが、それゆえにしっかりと彼らのことを掘り下げ、魅力的なキャラクターに仕立て上げている。


 ひな子はあっけらかんとしながらも、将来への態度がフワフワとしていて不安定な、いかにも主人公兼ヒロインな性格だ。

 その彼氏となる港は何でも完璧にこなせてしまえて顔も性格も良い頼れるイケメンだが、じつは尋常でない努力家の側面を隠し持つ男で、俺が女だったら間違いなく惚れているし、なんなら女でなくとも惚れかけた。

 港の勤める消防署の後輩にあたる山葵は見るからにいい奴で、空回りしたり時には後ろ向きになってしまうが、それでもいつも素直に生きている姿はとても好感が持てる。

 そして港の妹である洋子だが、これがもうべらぼうに可愛い。つい毒舌になってしまい人間関係に不器用な彼女だが、心の奥底にはたしかな優しさや正義感を持っている。高校生ながら兄の死をまわりの誰よりも早く受け止めて毅然と振る舞い、いちはやく天国にいる兄のために前向きな一歩を踏み出したのも彼女だ。そして気を許したひとには垣間見せる無邪気な姿がたまらない。いわゆるツンデレキャラというやつだが、彼女の魅力はステレオタイプのそれを遥かに逸脱している。この辺はぜひ映画館に行って確かめてきてもらいたい。というかそれが言いたくてこうしてダラダラと慣れないレビューのようなものを書きなぐってるまである。

 そんな魅力的な彼らが織りなすストーリーはどこかで見たようなベタなもので、途中で展開が見えてしまうことが多々あるが、そんなことはまるで問題ではない。
 例えば、オムライスの味を知っているからと言って目の前にあるそれの味が落ちることはない。良質な食材を、熟練した技術を持つ料理人が調理したらそれはなんであれ上手いのだ。
 それと同じように、俺は「ラストはきっとこう来るんだろうなあ」と身構えていたにも関わらず、感極まって涙を流してしまった(俺の涙腺が緩いというのもあるが)。

 たった今挙げた例だったり、冒頭で『孤独のグルメ』の名言を持ち出したりと、ここまで何かと料理にこじつけてきたが、よくいわれる言葉に「シンプルな料理ほど誤魔化しがきかなくて難しい」というものがある。凝った料理を作れるかどうかよりも、卵焼きを如何に美味しく作れるかの方が、そいつの技量がよく表れるというのだ。

 俺は料理はほとんどしないといっていいので真偽は測りかねるが、少なくとも物語においては当てはまるように思う。

 変わった物語なら、その異質な部分に人々の目は向くので多少の粗は誤魔化せる。
 だけどベタなものはそうはいかない。観客が既に知っているような展開で勝負するというのは、逃げが利かないということだ。
 だから、奇を衒った物語を書くよりも、王道なものを面白く仕上げるほうがずっと難しいように思える。

 『シンプルイズベスト』とはよく言ったものだ。

 本作はまさにそれを成し遂げた作品だ。良い意味で、脚本のお手本のような映画。わかりやすいシナリオで感情移入がしやすいながらも、客に媚びたような雰囲気は一切ない。
 いつもは変わった作品ばかり嗜んでいる、偏屈なオタクにこそ見てほしい映画だと思いました。